2008年4月27日 (日)

みさと芝桜公園

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みさと芝桜公園はちょうど芝桜が満開でした…shine

 天気予報によると連休2日目は晴sunの予報であり、南牧村の立岩~経塚山と巡りアカヤシオでも見ようと準備をしていました。しかし、朝6時に目覚ましclockで起きて見ると、空には分厚い雲cloudが残っており、今日も晴れ間が見えそうにありません…think
 遠征先であれば仕方ありませんが、近場の山歩きshoeは出来るだけ天気の良い日に楽しみたいもので、その後も2時間ほど天気の様子を見ましたが一向に回復しそうになく、今日の山歩きは見送りにすることにしました。

 しかし、先週もさぼって山歩きを見送っており、運動不足になっていることは間違いありません…。そこで先週金曜日の上毛新聞に、自宅近くの「みさと芝桜公園」が紹介されていたこともあり、運動不足解消も兼ねてチャリンコbicycleで出かけることにしました。
 この「みさと芝桜公園」は、榛名山に登る県道28号線の松の沢峠の麓近くにあり、3年~4年ほど前に旧箕郷町が新しい観光名所となるよう開発・造成したものです。

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2007年11月10日 (土)

久能山東照宮

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小規模であるが重厚な造り…

 先週の金曜日、静岡に出張の仕事で出かけましたが、翌日の土曜日に久能山東照宮を参拝して来ました。
 栃木県の日光東照宮は、隣県であり過去に何度か行ったことがありますが、久能山東照宮は今回が初めてとなります。地元・静岡の人たちに言わせると、久能山東照宮は家康の遺骨が葬られており、こちらが正真正銘の東照宮であると言うことでした。
 それと久能山東照宮から富士山に直線を引くと、その延長線に徳川氏発祥の地とされる群馬県太田市の世良田(ここにも東照宮があります…)があり、その先に日光東照宮が位置するとのことで、地図に線を引いて見ると確かに当てはまるのです。

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2007年9月 3日 (月)

上高地(07.09.01)

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梓川と穂高連峰…

 先週末、これからの山歩きの下見も兼ねて、まだ、行ったことのなかった上高地に出かけて来ました。松本から高山に抜ける国道158号線は、過去、何度か通ったことがありますが、いつも釜トンネルの手前を左に曲ってしまい、釜トンネルから先の上高地には行ったことがありませんでした。
 自宅から上高地に行くためには、上信越道の更埴JCで長野道に入り松本ICで降りるのが簡単ですが、距離的に遠回りとなるため時間があれば東部湯の丸ICで降りて、国道254号線の三才山トンネル通って松本に抜けるのが最短ルートとなります。

 国道158号線の沢渡大橋を渡り、梓第1駐車場に9時半過ぎに到着すると、駐車料金1日500円を支払って車を停めます。前日から天気の具合を心配していましたが、時間が経つにつれて回復しているようで、沢渡に着く頃には晴れ間から日も射す天気になっていました。
 上高地にはシャトルバス(往復料金1800円)に乗換えて行きますが、一番手前側の駐車場から乗り込めば、混雑時にも座って行くことができます。
 沢渡大橋停留所から9時40分発のバスに乗り込みましたが、座席は7割ほどが埋まっており、ほとんどがハイキングの乗客のようで、山支度の乗客は見かけませんでした。
 沢渡からは国道158号線を梓川沿いに走り、釜トンネルを抜けて30分ほどで上高地に到着します。事前に「るるぶ」などで調べると、大正池でバスを降り散策しながら河童橋まで歩くのがベストコースとなっています。逆のコースで歩くと帰りのバスがバスターミナルで満席になってしまい、大正池ではバスに乗れなくなることもあるようです。

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2006年8月13日 (日)

長崎平和公園(4)

 被爆から61年目の8月9日も大変暑い日となりました。
 8時半にホテルをチェックアウトし路面電車に乗り込みましたが、築町で途中下車し空港に向かうバスターミナルに荷物を預け、再び、路面電車に乗り込み平和祈念式典の会場に向かいます。

 先ずは今回の祈念式典に向けて、大勢の皆さんに折られ預ってきた折り鶴を爆心地公園に献納しました。
 その後、平和公園内に設けられた式典会場に向かいますが、P1000221P1000220当初の予定通り9時半過ぎに会場に到着しました。
 平和祈念式典は10時半の開始でしたが、既に会場内は数多くの遺族や市民が着席していました。
 こうした遺族や市民の参列者は年々高齢化しており、活動の引継ぎが大きな課題であると指摘されています。
 自分たちは会場最後列に設けられた一般参列者の席を確保しましたが、今回も高校生を中心に市民ボランティアが大勢参加しており、冷たいお茶やおしぼりを配ってくれるのは大変有り難いことです。

 祈念式典は主催者や遺族代表のあいさつが続き、P1000223政府から小泉首相や川崎厚労相が出席していました。ただ、単なるパフォーマンスのあいさつで終わることなく、残された遺族や被爆者の立場に立って、被爆者援護法の改正などに取り組んで欲しいと思いました。

 帰りの飛行機の時間もあり、祈念式典の途中から会場から離れ、築町のバスターミナルに戻ることになりました。幸い心配していた台風7号は大した影響もなく、飛行機の運航に問題なかった様でした。
 当初は、築町のバスターミナルから12時24分発のバスに乗り込む予定でしたが、ここで小さなトラブルが発生しました。
 要するにバスターミナルで乗客数が管理されていないため、24分発のバスが満車となって取り残されることになったのです…。
 今回は台風が近づき早めに移動していたため、特に問題ありませんでしたが、搭乗手続きギリギリで移動する場合は困ったことになってしまいます。
 バス会社も乗車券を販売するだけでなく、乗車人員の管理位は出来るだろうと思いました。

 長崎空港に13時30分に到着。搭乗手続きを済ませ遅い昼食を取り、予定通り15時発のJAL1850便で東京・羽田に戻りました。何時も思うことですが、次に長崎に行く時はゆっくりとした旅をしたいものです。

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長崎平和公園(3)

 2日目は朝から大変暑い日でした。今回、泊まったのはオランダ坂近くのホテルであり、P1000159直ぐ近くにグラバー園などもありましたが、滞在時間の関係もあって見に行くことは出来ませんでした。
 今日の午前中は、長崎平和公園を中心に原爆史跡を見学することにします。

 ご承知のように長崎市内には路面電車が走っており、市内移動に大変便利な交通機関となっています。今回の旅では路面電車の一日乗車券(500円)のクーポンが付いており、これを使って移動することになりました。

 ホテルの前から路面電車に乗り、途中で1回乗換えましたが約40分ほどで長崎平和公園に到着しました。公園内は明日の平和祈念式典に向けて準備が行われていましたが、小泉首相が参列することもあって物々しく慌しい雰囲気でした。

P1000162P1000161 数多くの観光客(自分たちも同じでしょうが…)に混じって公園を見学した後、浦上天主堂に向かいます。
 途中、カマボコ屋の面白そうな看板を見つけましたが、あいにくと店の方は閉まっており、出来立てのカマボコは口にすることが出来ませんでした。
 最近は地場産のカマボコなどのお土産を買って帰り、自宅で一杯やることが楽しみとなっています。(今回は帰りの長崎空港で飛び魚のカマボコなどを買い込みました。)

P1000164 1914年にロマネスク様式の大聖堂として建てられた浦上天主堂ですが、1945年の原爆で一瞬の内に破壊されてしまい、現在の天主堂は1980年に創建当時の形で復元されたと紹介されています。
 大聖堂の前庭に原爆で破壊された黒ずんだ石像が残されており、爆発の激しさの一端をうかがい知ることが出来ます。

P1000167 P1000169 原爆は長崎市松山町の上空約500mで爆発したと言うことで、爆発した中心地は爆心地公園となっています。公園には中心地の標柱として黒御影石の慰霊碑が立てられていました。
 公園内に被爆当時の地層が保存されており、現在も見ることが出来ます。そこには原爆によって壊された家の瓦やレンガ、三千度の熱で焼けただれたガラスなどが埋没していると言うことでした。

 この日の午後からは、原爆資料館で開催された集会に参加しましたが、韓国から徴用され日本で被爆したと言うコメンテーターの「現在、どこに住んでいても被爆したことに変わりない。日本政府は外国人であっても被爆者として認めるべきである。」と言う訴えは、大変、重々しいものがありました。

 集会の終了後は、一端、ホテルに戻って一休みし、P1000196P1000183夕方から平和公園の平和の泉で開催された「平和の灯 キャンドルライトアップコンサート」に行ってみました。
 平和への祈りを込めて、市内の小学生や中学生などが作った約6千本のキャンドルが点灯され、平和への意識を受継いで行くと言うイベントでしたが、大変に幻想的であり印象に残った取り組みでした。
 小学生や中学生の代表による点灯式の後、小学生や社会人による合唱、プロのテノール歌手、外国から代表参加もありました。

 P1000209P1000208帰り道で爆心地公園に回って見ましたが、ここにも大変多くの市民が集まって慰霊祭が行われており、至極当然ですが今日の長崎は原爆犠牲者の慰霊一色となっていました。
 この後、市内中心部に戻って夕食となりましたが、遅くなったこともあり稲佐山からの百万ドルの夜景は次回の楽しみとなりました。
 

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長崎平和公園(2)

 福岡から長崎道を2時間ほど走って長崎市内に到着します。この日は長崎県立体育館で開催される集会に参加する予定でした。 P1000139_1
 集会は「HARU(ハル・南米音楽デュオ)」のミニコンサートで始まり、 「すべての人の心に花を…」と沖縄出身の喜納昌吉氏の持ち歌として知られる花が歌われたのは2年前の集会と同じでした。

 集会主催者や来賓の県知事・長崎市長のあいさつはいつもどおりでしたが、長崎県のこうした集会の特徴として若い人たちが参加し、一生懸命に活動している様子が窺えることでした。
P1000154 高校生を中心にした「高校生平和大使」や「高校生1万人署名活動」の活動は、今年で9年目の取り組みと紹介されましたが、年々、この活動に参加する学校が増えているようです。
 今年の平和大使は長崎県内の39人を含め15都道府県と、海外3カ国に留学中の高校生119人から応募があったと報告されていました。
 戦後61年が経過し戦争体験の風化が指摘される中で、こうした若い人たちの自発的な活動が、今後も継続されることを期待したいものと思いました。

 集会の中で被爆体験者のアピールが行われ、長崎の地を最後の被爆地にしよう!と言う訴えは大変感銘を受けた言葉でした。P1000156
 集会の最後を締めくくったのは、地元の皆さんが出演した構成詩でした。より多くの内容を盛り込み、多くの人々に平和への思いを伝えたいと言う気持ちは良く分かりますが、2年前の集会で初めて聞いた時に比べ、何故か冗長気味な感じを受けてしまいました…。
  

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2006年8月12日 (土)

長崎平和公園(1)

 8月7日~9日の日程で長崎に出かけ、61回目を迎える原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に参加して来ました。

 8月7日、台風7号が日本に近づいており、帰りの飛行機が心配される中でしたが、旅の出発地となっている羽田空港・第1ターミナルに仲間とともに集まります。今回はあいにくと長崎の直行便が予約出来なかったと言うことで、羽田から福岡空港まで飛んで、福岡からはバスで長崎に移動する予定でした。

 長崎は思い出深い土地であり、10年ほど前の旅行の時に、台風接近で帰りの飛行機が羽田まで飛ぶことが出来ず、大阪まで飛行機で行き、その後、大阪から東京まで新幹線で移動することになりましたが、結局、新幹線の運行も台風で大きく混乱し、家にたどり着いたのが翌朝になったと言う経験があります。

 JAL1713便は定刻通り12時15分に福岡空港に到着します。予定通り福岡空港からバスに乗り、長崎に向P1000137かうことになりましたが、長崎の到着時間の関係もあって昼食はバスの中の弁当となりました。
 個人旅行であれば、福岡空港の人気空弁「ふぐの押し寿司」と行きたいところですが、今回、配られたのは博多名物の明太子を使った弁当でした。
 写真の通り、明太子色のご飯が盛られ、もちろん明太子も付いていましたが、肝心の味の方は今一つの弁当でした。

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2006年7月15日 (土)

押し寿司

 ここ暫く更新をサボってしまいましたが、最近のトピックスを一つ報告します。

 最近は空弁なる弁当が流行っているようで、国内の空港がそれぞれ土地の名産などを使って、特色のある弁当を作っていると言うことです。
 残念ながら空港に縁のない土地に住んでいる身としては、空弁は未だ口にしたことがなく次の機会を楽しみにしているところです。

 今回の話は空弁でなく、つい最近のあった駅弁の話となります。仕事柄、東京方面に出張することが多いのですが、自分が駅弁を購入する時は東京から更に遠くに出かけるような場合であり、東海道新幹線に乗り継ぐ際などに購入しており、大抵はご飯時になると駅構内の食堂で済ましていることが多いようです。

 先日、茨城の水戸近くで会議があり高崎から上越新幹線に乗り、上野駅で常磐線に乗り継ぐことになりましたが、上野駅の新幹線地下ホームから上がって、新幹線改札を抜けると直ぐ右側がフレッシュひたちのホームになっています。

 初めは上野駅で立ち食いソバを食べようと思っていましたが、思いの外、乗り継ぎの時間がなくホームにあった弁当売り場で駅弁を買うことになりました。

 例のごとく、売り場で何種類かの駅弁が売っていましたが、何時も東京駅で買っている柿の葉寿司が置いてなく、替わりにサバとアジの押し寿司が置いてあったので、同じ押し寿司だし…、まぁ~いいかとお茶と一緒に押し寿司弁当を買い込み、電車の中で食べることになりました。

 が…しかしである。出席した会議も終わり割り当てられた部屋に入りましたが、その夜になってどうもおかしいのです。
 先ず初めは手の先がかゆくなり、その次は二の腕、更に背中やお腹と益々かゆくなり、ついにその晩はまんじりともせず朝を迎えることになったのです。

 当初は普段あまり利用されていないホテルに泊まったことで、部屋の中にダニでもいるのだろうか(結構、良い部屋でしたが、疑ってスミマセンでした…。)と思いましたが、他に泊まった人たちは一向にそれらしい騒ぎをしていません。

 あちこち掻きながらおかしいと思ったのですが、その日は高崎に戻って会議に出る予定であり、JRを乗り継いで高崎に戻ることにしました。(会議がなければその日の内に医者に行ったのでしたが…。)
 何とかかゆみを我慢し、その日の予定をこなしましたが、自宅に戻ってからも一向にかゆみがおさまらず、結局、その日も眠れぬ夜を過す破目になってしまいました。

 翌日も朝から会議の予定が入っていましたが、これ以上、我慢するのもつらいもので、会議の欠席の連絡を入れて近くの医者で診察を受けることにしました。

 症状を聞いたお医者さん曰く「これはジンマシンですね…。」と直ぐに診断が下り、注射をして飲み薬をもらって仕事に出かけました。(そう言われると大分昔のことですが、サバにあたってジンマシンになったことを思い出しました…。)
 結局、注射と飲み薬が効いたせいか、その日の夜はかゆみはおさまったのですが、都合、2日間にわたって身体中のかゆみに悩まされました…。

 最近の食品管理からすれば、こんなことは考えられないと思うのですが、今回のジンマシンの原因は上野駅の押し寿司以外に思い当たることはなく、2度とサバの押し寿司は買わないと思いました。(常磐線、フレッシュひたちの「サバの押し寿司弁当」に気を付けましょう!…) 

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2006年6月19日 (月)

薬膳料理はどうですか?

 群馬県は数多くの温泉がありますが、中でも草津温泉は恋の病以外は何でも直ると言う全国的に有名な温泉です。この草津温泉の少し手前に、近年になって女性を中心に人気の出てきた四万温泉があります。
 今回は草津温泉や四万温泉に往復の際に、立ち寄ることのできる薬王園に行って来ましたので、ちょっと紹介させてもらうことにしました。(詳しくは薬王園のHPを参照して下さい…。)

 この薬王園は、自然と健康の郷と銘打って10年ほど前に開園した施設だそうで、施設内に漢方薬局やハーブ館、薬草の加工工場などが揃っています。
 中でも薬膳レストランは身近にある薬草や野菜を食材として、季節に合わせた薬膳料理を提供しています。

 6月から夏メニューを提供しており、メニュー紹介に次の文章が書かれていました。
 夏は陽の最も活発な季節です。体を暑さに適用させるには体温を上げ過ぎないようにし、夏特有の湿気は脾「胃」の働きを鈍らせます。
 エネルギーが不足して代謝が悪くなると、濁った水分が停滞して夏バテ症状がおこります。また、夏は「心」の季節です。心と体のアンバランスから来る症状が出やすい時期です。食べ物では豆類ねばねばした物、熱を冷ます物、苦い物など…。

 病は気からと言い、信ずる者は救われると言うこともあります。別に薬王園から宣伝費をもらって紹介する訳ではありませんが、物は試し…話のネタとして近くに立ち寄った際には、一度、薬膳料理などはいかがでしょうか…。

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2006年6月18日 (日)

中国の旅(8)

 中国の最終日、昨日とはうって変わって快晴となり、蒸し暑くなりそうでした。今日は昨日行けなかった南京路~外灘と見学し、東浦国際空港からJALのJL610便で帰国の予定です。

 上海虹橋国際空港近くのホテルから40分余りで南京路に到着します。 Img_0131Img_0133平日でしたが相変わらず人通りは多く、道路脇に造られたイベント広場で老人会の文化祭?が開かれていて、華やかな服装の人たちが音楽を奏でたり、踊りを披露したりしていました。

 ここで1時間ほどの自由時間となりましたが、早くも歩き疲れた自分としては街角で見かけた喫茶店に逃げ込み、Img_0132 同行の氏とともに朝から青島ビールで乾杯でした。この店の青島ビールは350ml入りの缶ビールで1本30元でした。
 青島ビールは、ドイツ人によって1903年に創立された中国で一番古いビール会社で、最近はアサヒ・ビールとの合弁事業を行なっています。
 ただ、この日飲んだ青島ビールはとても甘口で、さわやかな感じでありませんでした。

 南京路の散策を終え、バスに戻る途中で不動産屋を見かけました。前に書きましたがImg_0134上海は不動産に投機資金が流れ込み、一般市民が住宅を購入するのが大変なようでした。
 店頭に物件紹介のチラシが貼ってあり、写真の左から3番目の物件を見ると、オフィスで坪あたり70万円、その右の物資大廈と書かれたオフィスは2175万円で、中国国民の1人あたりGDPの1100米ドルから見れば、大変高価な物件と言えました。
 ただ、人口も多いだけに大金持ちも多く、日本のTV番組で東浦地区は1億円を越える建売住宅が飛ぶように売れると報道されており、これは凄いと思ったことがありました。

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2006年6月17日 (土)

中国の旅(7)

 上海市内に入り、高架の高速道路を走って午後4時半に豫園に到着しました。Img_0103Img_0100豫園周辺も開発が進んでいて、駐車場の場所が変わって余計に時間がかかったようでした。
 豫園は5時に閉園になるため、駆け足で見学することになりましたが、自分はパスさせてもらい写真の茶館(湖心亭)で一服することにしました。(ガイドブックに出てくる有名な茶館です。)
 ちょうど新茶の時期で、龍井茶の新茶が1杯100元(1500円)ほどでした。ちょっと値段が高いんじゃないのぉ~と、同行の氏と話していたらその内にお茶菓子や「うずらの卵」の醤油煮などを運んで来ました。お茶自体は香りも良く美味しいものであり、この内容であれば納得できる値段でした。

 豫園名物の豫園商城にある店のウインドに灯りが点りはじめ、Img_0108Img_0104Img_0107ようやく街の雰囲気も出て来たところでしたが、雨が強くなってせっかくの散策も台無しのようです。
 もう少し時間に余裕があれば、南翔饅頭店で名物の小龍包をゆっくり楽しみたいところですが、もう直ぐ夕食の時間であり、今回は店先で雨宿りとなってしまいました。(東京の六本木ヒルズに南翔饅頭店の支店が出ているそうです…。)
 その後、北京商城の中のレストランに向かいましたが、ここにも贋物○レックスの時計屋さんがどこともなく現れ、一つ千円一つ千円…と夕食を終えてバスに乗り込むまで、自分たちの側を離れませんでした。

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2006年6月16日 (金)

中国の旅(6)

 6月1日は朝からあいにくの雨となりましたが、無錫における公式日程を終えて少し気が楽になりました。今日は蘇州を通過して上海まで移動する予定でしたが、無錫を出発する前に太湖を見学することになっています。(太湖は演歌歌手の尾形大作のヒット曲「無錫旅情」に出てくる大きな湖です。) Img_0089_1Img_0090
 ジャンク風の遊覧船に乗り込み、30分ほど太湖遊覧を行いましたが、雨が降ればそれはそれで風情があります。ただ、「無錫旅情」の歌詞の中に出てくる鹿頂山は、靄でかすんで見えませんでした。(写真で霞んで見える島が三山島です…。)

 今日は無錫~蘇州~上海とバスで移動しますが、雨が降って見るものも少ない中で、少し面白いものを見つけました。
 この面白いものとは、この地域独特の交通信号でした。中国も一般的な交通信号は、青⇒黄色⇒赤と変わりますが、ここでは赤⇒青、または青⇒赤に変わるまでの時間が、秒数単位で表示されるのです。
  写真は上手く撮れませんでしたが、縦型の信号の青の矢印の下にあるImg_0091Img_0092「1」の数字が秒数表示となっています。
 また、道路脇から突き出ている横長の信号は、右隅にある60kmの表示の横に信号が変わるまでの秒数が表示されるのでした。
 自分も車を運転していて、青であった信号が急に黄色になって戸惑うことがありますが、前もって信号が変わるまでの時間が分かれば、少し余裕を持って運転できると言うものです。
 日本もこんな信号があれば良いと思いました。(最近は、工事中の交互通行の時の信号に、信号が変わるまでの時間が表示されるものがあります…。)

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2006年6月15日 (木)

中国の旅(5)

Img_0065 北京3日目、今日は江蘇省の無錫市に移動する予定ですが、飛行機の時間もあって空港に行く前に故宮を見学します。
 故宮もよく知られた観光地ですが、北京に来て故宮と天安門広場を見学しない観光客はいません。
 今回の見学ルートは正面の天安門をくぐって真っ直ぐに進み、北側にある神武門まで通り抜けるコースとなっていました。

Img_0066 天安門~瑞門~午門と進んだところで、観光案内用の音声ガイドのレンタルカウンターがありました。
 カウンターの料金表にレンタル料10元と表示がありましたので、店番をしていた女の子に10元札を渡そうとすると、ダメだと手を振るのです。
 どうして?…と訳が分からず、カウンターに下がっている料金表を指差しましたが、どうもダメなようです…。

Img_0068 中国語はダメですが「10元と書いてあるだろ…」と日本語で言って見ると、机の下からファイルを出して見せてくれましたが、そこに日本語でレンタル料が40元、保証金が100元と書いてあり、保証金は出口の神武門のところで返すらしいのです。(もちろん身振り手振りも交え分ったのでしたが…)

 まぁ~、盗難防止のための保証金は仕方がないにしても、中国人と外国人の料金がこんなに違うのはおかしいと思いましたが、結局、140元を払って音声ガイドを借りることにしました。(確かに日本語で案内するため日本語通訳が必要だけれど、中国人の4倍はないだろうと思いました。)

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2006年6月14日 (水)

中国の旅(4)

 北京2日目、今日は午後に北京大使館を訪問する予定ですが、その前に北京郊外の定番の観光地、万里の長城と明の13陵を見学します。二つとも世界遺産に登録されていますが、北京観光で必ず訪れる観光地となっています。
 ガイドの説明によると、以前は午前中に1ヵ所、午後に1ヵ所と、合わせて1日コースとなっていましたが、今は高速道路も開通し無理すれば、午前中に両方の観光が可能と言うことでした。
 それでは故宮も入れて1日で観光できるかと質問したら、若い人であれば可能であるが、歩く距離が長く普通の人は疲れて無理と言われ、思わず納得してしまいました。

Img_0043 北京市内から高速道路を走って北西方面に向かい、1時間ほどで万里の長城(八達嶺)に到着します。
 早速、見学することになりましたが、長城前の広場も整備されて様変わりしており、うるさかった観光客相手の物売りの人たちは規制されていました。
 当日は平日のため観光客も少ないようで、お土産屋の店員もお茶を引いている感じでした。
 Img_0047同行した参加者の若い人たちに、向かって左側が男坂であり、この急坂を登ってこそ男子である…と、以前ガイドから聞いた毛沢東の逸話を紹介しました。
 何回か左右の長城を登った経験のある自分としては、今回は遠慮することにし長城の写真を撮って休憩としました(笑)。

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2006年6月13日 (火)

中国の旅(3)

 大連から北京の間は、中国南方航空のCZ6121で移動します。空港の搭乗ゲートに行くと乗客の搭乗券を確認し、Img_0150半券は返しますが普通は小さい方のチケットを返してくれます。
 ところがこの大連空港の搭乗ゲートは、どういう訳か大きい方の半券を返してくれたのです。(下の写真この時のチケットです。上は普通渡してくれるチケットです。)

 これじゃ~大きくて邪魔だよと思いましたが、チケットの半券を捨てる訳に行かずウエストポーチにしまい込みました。中国航空は分割民営化され、分割後の地域航空会社はサービスが向上しているはずですが、今日の搭乗カウンターの対応は一向にそんな感じがしませんでした。

 ほぼ、定刻どおりに飛行機は北京空港に到着しました。北京では日本大使館にお願いし、中国の国内事情について講演を受ける予定ですが、飛行機で移動する時に遅延の場合も考えられることから、今日は予備日として北京市内の天壇公園を見学することになっていました。

 北京空港で現地ガイドと合流し北京市内に向かいますが、あちこちで2008年の北京オリンピックに向けた建設工事が行われていました。(ガイドの話によると工事の進捗状況を見てオリンピックに間に合いそうもない工事は中止させるとか…。)

 高速道路は順調に流れ(昼間帯は物流トラックは市内に入れないそうです。)、Img_0026天壇公園に到着しました。ここはラストエンペラーのロケで使われたりして、祈年殿の写真を見ればあぁ~あそこか~と分かる有名な観光地です。
 天壇公園のチケット売り場の前に、お決まりの贋物の○レックスや○トンのバッグなど、観光客相手の売り子が大勢待ち構えていました。
 自分たちが日本人の一行と分かると早速売込みにやって来ましたが、カバンを開けて見せているのが○レックスの時計屋さん、奥に○トンのカバンを肩にかけたおばさんがいます。
 自分はブランド物にあまり興味がなく、その種のものは買ったことはありませんが、その手の旅行通によると、贋物と分かって買うなら韓国の○ウルが良いとのことでした。

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2006年6月12日 (月)

中国の旅(2)

 大連2日目、初日の成田への早朝移動などもあり疲れているはずでしたが、暗い内に目が覚めてしまいました。ホテルの朝食時間までに1時間半ほど時間があっため、散歩に出ることにしました。
 昨日、ホテルに来る途中で中山広場を通過しましたが、ガイドの説明によると旧満州時代の建物が広場の周囲に建っていました。確かこのホテルからそんなに遠くない場所にあったようなので、写真を撮ることにし地図を持たずに出発しました。(これが失敗の元で、60度ほど違った方向に歩いてしまいました。)

 ホテルを出て前後・左右を見渡し、確かこの方向にあったハズだと思い歩き始めました。Img_0017_1普段は慣れない土地でも、結構、方向感覚は持っているつもりですが、途中に出ていた農家の野菜直売所なども見学しながら歩いて行きますが中々到着しません。
 これは間違ったのかなぁ~と思いましたが、振り返ればホテルは見えているし…と、幾つかの十字路を渡って行きますが一向にそれらしい広場がありません。(ホテルは道路の先の青い看板が一部かかった丸いシルバーの建物でした…。)

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2006年6月11日 (日)

中国の旅(1)

 仕事の関係もあり、5月28日から6月2日まで中国に行ってきました。中国は2年ぶりの渡航となりますが、今回の旅は初めて大連に行くことになっています。

 5月28日午前9時50分、JAL797便で定刻どおり成田を出発します。Img_0002_2 途中、気流が乱れたこともあって、15分ほど遅れて大連空港に到着しました。
 大連空港のターミナルビルは最近改装されたらしく、大変に小奇麗なすっきりした感じの空港でした。
 今日の予定は大連空港に到着後バスに乗り、日露戦争の戦跡などを巡ることになっていて、早速、バスに荷物を積み込んで空港を出発します。(青いバスが移動用のバスです…。)

 中国・大連は経済開発が進み、日本企業が大変多く進出していて、最近は日本から3日~4日間位のツアーも大変多いと言うことでした。現地ガイドの話では日本人駐在員が2800人住んでいるとのことで、大連を視察した後の感じからすると短期滞在者を含めればもっと多くの日本人が滞在しているのではと思われました。

 今日は経済開発区と反対方向にある旅順方面に行きますが、Img_0005_3途中、中国特有の赤茶けた風景を車窓に見ながら、先ず初めに旅順攻防戦の降伏会見の場となった水師営に向かいました。
 水師営の民家は、日露戦争から110年経った今は戦争記念館となって残されており、中に当時の写真が飾られていました。(旅順攻防戦の話はネットで沢山検索できることもあり、興味のある人はそちらを参照して下さい。)

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2006年5月24日 (水)

奈良に行ってきました。(その8)

 5月3日快晴、今回の旅で予定したところは一応回り終えましたが、時間とお金さえ許せば更にゆっくりしたいところです。
 
今日は家に帰るだけですが、家族から京の漬物をお土産に頼まれており、京都経由で帰る予定になっています。ただ、今年の連休は3日に一番の渋滞が予想されるとのことで、帰り道のルート選択は道路の渋滞状況で判断することにしました。

 ホテルを出発後、国道24号線を北上し京都方面に向かいますが、ただ帰るだけでは面白くないので、途中の宇治の平等院を見物することにし、京奈和道路に乗り込んで宇治方面に向かいます。

 京都までは仕事で来ることもありますが、宇治に足を延ばすことはありません。宇治もウン十年ぶりの訪問で、昔の記憶も全くなく楽しみな場所となります。ご存知のように平等院の鳳凰堂は、10円玉に刻まれる有名な観光地となっています。

 例のごとくナビに従い車を走らせますが、ナビの案内は近づくまでは良いのですが、目的地に近づくと必ずしも正しい道を教えてくれません。Img_0003
 今回もJR宇治駅からの表参道側に出てしまいましたが、この周辺は駐車場が見当たらず、結局、奈良方面から遠く回り込むような経路で現地に到着しました。

 ここも観光客が一杯で、土産物屋の駐車場に車を停めて、南門(表門の反対側) から入場しました。平等院の境内に入ってから阿字池を一回りし、お決まりの場所から鳳凰堂の写真を撮りましたが中々上手く行きません。
 鳳凰堂の本尊の阿弥陀如来像は修理のため取り外されており、鳳翔館と言う宝物館で解体修理中の様子が解説されており、国宝の雲中供養菩薩が間近に見られるなど、かえって幸いだったかも知れません。
Img_0004_14Img_0005_4

 平等院を出て土産物屋で宇治のお茶を買い京都に向かいますが、案の定ラジオの道路情報はどの道路も渋滞となっていました。
 当初は京滋バイパスから京都に入る予定でしたが、一般道を走って京都東ICから高速に乗り、途中の大津SAでお土産の漬物を買い、その先は道路情報を見て決めることにしました。

 しかし、この後からが大変でした…。一般道も渋滞中であり何とか京都東ICで高速に乗りましたが、ノロノロ運転で米原JCまで途中30キロの渋滞となっています。
 このままでは何時になったら家に着くのか分かりません…。これまでは連休中の移動は夜間に走ることにしていましたが、今回は自宅からの距離が比較的に近い奈良からの帰りであり、時間的に余裕があるからと高をくくっていました。

 結局、大津SAでお土産を買い、お昼を食べてから一般道に下り、国道1号線から国道8号線を走り、米原ICから北陸自動車道に乗り福井~石川~富山~新潟と走って上越JC~上信道経由で家に帰ることにしました。
 
結果としてはどこを走っても渋滞であり、北陸道まで3時間余りかかることになりましたが、普通では到底走らない安土~彦根~長浜など、歴史的な地域を走ることが出来て良かったのかも知れません。
 北陸道に乗って以降はほぼ順調に走り、自宅に3日の午後10時半過ぎに到着し、全走行距離1,412キロ、延べ96時間余りの連休の旅が終了しました。
 

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2006年5月23日 (火)

奈良に行ってきました。(その7)

 5月2日、前日と打って変って曇り空。天気予報は雨が降るとのことで、当初は近鉄で飛鳥駅まで行き、駅前でレンタル自転車を借りて移動しようと思っていましたが、仕方なく車で行くことにしました。

 1日目と同じように国道24号線を下りますが、ガイドブックを見ると郡山から橿原の先まで京奈和自動車道が開通していました。(車のカーナビに載っておらず、旅に出る時は最新の地図ソフトを入れることをお勧めします。)
 途中で雨が降り出しましたが、予定時間より早く明日香村に到着します。飛鳥歴史公園館の駐車場に3台目の駐車となりました。

 雨も小降りとなり、傘を差して高松塚古墳に向かいます。標識はわずか800mとありましたが、実際に歩くと結構な歩きでがありました。(こんな時は自転車が良い…。)
 最近、高松塚古墳は壁画にカビが付いたとかで騒いでいましたが、実際に行って見るとこんな古墳かと思うほど小さなもので、古墳が覆い屋に覆われて全体は確認できません。

 古墳の隣りの壁画館で、壁画の模写や郭室の様子が分かりましたが、古墳が出来た当初はさぞや綺麗な壁画であったと思われました。
 小雨は止んでおり、駐車場に戻ると小学生を乗せた観光バスで一杯でした。公園館で案内マップを確認し子ども達と前後しながら、 取りあえず鬼の雪隠と鬼の俎板に向かいます。Img_0001_1Img_0002

 二つの史跡は案内板によると古墳の石棺であったと書いてありますが、どこにあったか今では定かでないようです。
 しかし、こうした物をよく造ったものと思いました。それぞれ写真を撮って、次は猿石~亀石となりますが歩くのは大変であり、一旦、歴史公園館の駐車場に戻って車で回ることにします。

 猿石は吉備姫王墓のそばにありましたが、亀石の方は民家の直ぐ傍に置かれており、Img_0006Img_0004_12それぞれユーモラスな顔をしていました。
 作家の司馬遼太郎氏ではありませんが、 古代の人はどんな思いでこんな石像を造ったのかと、思いを深くしました。

 お天気の方は何とか持ちそうで、続いて石舞台古墳に向かいます。この古墳は蘇我の馬子の墓と言われており、最近も祭祀に関係した建物跡が発掘されたようで、古代史に興味を持つ人は一度は訪れたい場所だと思います。Img_0007_2
 車を近くの有料駐車料に停めて、拝観料を払い古墳の中に入って写真を撮りました。(改めて、明日香村の見学の際は、自転車で巡ることをお薦めします。)

 一回りし最近出来たような休憩所で一休みしましたが、まだ、昼には早くメニューにコーヒーもありませんでした。仕方なく次の見物場所の亀形石像物と酒船石に向かいましたが、石舞台から車で10分も走らず到着しました。
 亀形石像物は最近になって発見されたものですが、発見当時はTVや新聞で大きく報道されていました。
 資料館のImg_0012_1有料駐車場に車を置き、ここも観覧料金と
文化財保存協力金なるものを支払って、一通り見て回ることにしました。

 亀形石像物は水を貯める小判形と亀形の石像物だけが見えており、遺跡全体は埋め戻しされてパンフレットを見る以外に当時の状況は分かりません。
 もう一つの酒船石は、
何に使うか分からない謎の多い石造物で、小山のようなところを登った竹やぶの中にあり、これかぁ~と言う感じで写真を撮ってから次の見学場所へ向かうことにしました。Img_0014_1

 観光マップを見ると、飛鳥板蓋宮遺跡(写真では左側の小山の手前の立ち木のあるところ)~蘇我入鹿首塚~飛鳥寺がそれぞれ近くにあり、歩いて巡ることにしましたがこれまた結構な道程がありました。(小さいとは言え古代の大和の国の首都ですから、当然、隣近所に出掛けるような訳に行きませんでした。)
 古代ロマンに浸れる里と言いますが、疲れてくると現実に戻ってしまいます。飛鳥寺ではお寺の歴史など親切な説明があり、写真撮影もOKでした。(普通は中々写真を撮らしてもらえません。)

 明日香村はどこかを掘れば何か遺跡が出てくる地域であり、最近の話題は蘇我氏の館跡とおぼしき場所が見つかったと言うニュースで、甘樫丘と言われる丘も飛鳥寺と目と鼻の先にありました。
 こ
の後は川原寺跡まで戻り、ガイドブックで紹介されていた麦とろろご飯で昼食としました。(これが最後の品だったようで、次の人からは普通のとろろご飯となりました。)Img_0023

 昼食後は聖徳太子が生まれた橘寺に参拝しました。お寺の太子堂の裏手にあった二面石の写真を撮りましたが、写っているのは善人の顔と言うことでした。
 案内のパンフレットによると、往時は五重の塔も建っていた立派な寺であったそうですが、今はその片鱗すらなくどこの田舎にもあるようなわびしい感じのお寺でした。

 明日香村はキトラ古墳をはじめ、まだまだ、数多くの史跡や見学場所が残されていますが、普段歩かない人間が2日間も歩き回り、疲れて来たこともあって奈良市内に戻ることにしました。

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2006年5月22日 (月)

奈良に行ってきました。(その6)

 今日は午前中に東大寺や周辺をめぐり、午後は西ノ京を回る予定でしたが、思いの外時間がかかり、ゆっくりお昼を食べる間がないため、昼食用に近鉄駅前で柿の葉寿司を買い込み、近鉄電車に乗って西ノ京に向かいます。

 薬師寺は西ノ京駅から歩いて5分であり、拝観料を払って中に入ります。(しかし、どこに行っても拝観料であり、中に入っても国宝館などは別の料金を支払うのです。)
 奈良のお隣で拝観料に税金を掛けると言うことが物議をかもしましたが、観光地周辺の環境整備を考えれば、これだけ払う拝観料の使途として自治体側の考え方も分からない訳ではありません。

 薬師寺の東僧坊の片隅を借り、買って来た柿の葉寿司で遅い昼食を取ります。予定では少し気張った昼食でもと考えましたが致し方なし…。Img_0017しばしの休憩の後で東回廊を回って中門~西塔~東塔~金堂~大講堂と巡ります。
 薬師寺の国宝として薬師三尊像と東塔が有名ですが、TVでも報道されましたが高田好胤管主の時代に白鳳伽藍の再建が始まり、現在は回廊を建設中でした。
 ただ、幾星霜の風雪に耐えた雰囲気のある東塔と、創建当時の意匠を伝えるとは言え、再建されたばかりの西塔との違いを否定することはできず、これが違和感なく見れるのは何時の頃かと思わざるを得ませんでした。(売店では何となくお香を買いましたが…。)

Photo_5

 白鳳伽藍の次は玄奘三蔵院伽藍でしたが、薬師寺が何で玄奘三蔵と関係があるか分かりませんが、大唐西域壁画殿の平山郁夫氏の壁画は素晴らしいもので、一度ならず見る価値があると思いました。

 次は唐招提寺となります。ガイドブックも薬師寺から歩いて行ける距離になっていますが、帰りも歩かなければならず一日歩いて疲れた身にとっては辛い物でした。観光マップに従い20分ほど歩いて到着しましたが、ここも拝観料を払って入門する。

 現在、唐招提寺は解体修理中であり、金堂全体を覆う建屋で囲われていて、何じゃ~これは…と言う感じで見学のタイミングが悪かったようです。金堂の解体修理はTVで見ていましたが、仕方がないので戒壇~御影堂~鑑真和上御廟と見物し、休憩所で一休みしてからホテルに戻ることにしました。(ホテルで温泉に浸かり足を入念にマッサージをしてもらいました…(笑)。)

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2006年5月21日 (日)

奈良に行ってきました。(その5)

 大仏殿前の遠忌法要を見学した後、大仏殿の中へ入ります。お決まりのお賽銭を上げて拝礼し、先ずは大仏様を記念撮影しました。Photo_4
 後ろに回って昔の解体修理の時に切られた柱などを見ていると、柱の回りで外国人の観光客がワイワイしています。
 大仏殿の太い柱に開けられている小さな穴を潜っている若い人を指さして、すごいとか言っているようでした。(何せ言葉が解りませんので想像でしたが多分そんなことでしょう…。)

 お札所でお土産を買い外に出ます。大仏殿の裏手に回ると正倉院ですが、小学生らしい遠足の一団がガイドさんの説明を聞いていましたが、横合いから正倉院を一通り眺め、次の二月堂に向かいました。
 ガイドブックで紹介されていた裏参道は趣きのある道でしたが、小雨でも降っていた方が雰囲気があるかも知れません。Img_0011(雨が降れば降ったで、大変と思うくせに身勝手な旅人でした…。)

 二月堂はお水取りでTVに映るのと同じであり、歩くのがいい加減に嫌になっていましたが、石段を登って二月堂の回廊に上がりました。
 回廊から大仏殿の屋根越しに奈良市内が見え、新緑の中で素晴らしい景色でした。(ガイドブックでは若草山に登って、Img_0012市内を眺めた方が良い…と書いてありますが、二月堂からも十分楽しめる景色でした。)

 二月堂の札所を覗いて見ると、お水取りのタイマツで造った片手念珠が売っていたので、珍しいものだと思いゲットします。
 ケースに飾ってあったものを渡してくれたので、最後の商品であったかとさらに納得し、四月堂~三月堂を見て春日大社に向かいます。

 若草山の山裾を回り込むように歩いて行きますが、何せ普段は車の運転ばかりで歩くことのない柔な身体ですから、入園料を払って登るなんて馬鹿らしいと自分自身に言い訳しながら、ガイドブックでお勧めの若草山に登るのは取り止めました。

 次の春日大社は裏門から入る感じで、奈良名物の神鹿(鹿)があちこちにImg_0014見られましたが、餌がないのが判るらしく呼んでも近くに寄って来ません。
 表に回って拝殿でお賽銭を上げて二礼二拍手…、旅の安全を祈ります。(本殿は右手の奥の方にありますが、ガイドブックのような写真は撮ることはできませんでした。)

 表参道に並んだ燈籠の列(全部で三千基と物の本に書いてありました。)を見ながら、この燈籠全部に火が入ったらすごいだろうと考え、何時かこの燈籠に火が入る万燈籠を見たいと思いながら興福寺に向かいました。

 興福寺は金堂の復元工事を行っており、趣きに欠けることは仕方ありませんが、工事中の作業を見ると、柱の礎石をグラインダーのようなもので削っていました。Img_0015

 昔は石工と言われた人達が鑿と槌を使って加工しており、それが千数百年の風雪に耐えて来ましたが、現在のような電動工具で作った物は、果たして何年持つだろうかと思いながら東金堂~五重塔~北円堂と見物し興福寺を後にしました。

 奈良国立博物館では、東大寺の鎌倉復興を担った大勧進・重源の特別展示が行なわれており、東大寺再興の状況を勉強させてもらいました。
 その後、館内を一通り見学し遠くシルクロードに想いを馳せました。(何時かは分かりませんがシルクロードは行って見たいところの一つです。)

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2006年5月20日 (土)

奈良に行ってきました。(その4)

 今日は5月1日、正に五月晴れの一日でした。
 昨日はホテルに帰って汗を流し(市内のホテルでしたが別棟に温泉があります…)、前日が夜通しの運転だったこともあり、夕食を摂って部屋に戻ったら直ぐバタン・グーでした。
 お蔭で今朝は早く起き過ぎて、目が覚めた時は辺りはまだ真っ暗でした。朝起きた時に、昨日、法隆寺で転んで作った頭のコブを確かめましたが、取りあえず医者に行かなくても大丈夫そうなので、今日は市内の寺社回りに出かけることにしました…。

 ホテルでタクシーを呼んで、先ずは東大寺に向かいます。さすがに連休中で平日にも関わらず、外国人も含めた(自分もその1人ですが…)観光客が姿が目に付きました。

 折りしも東大寺は聖武天皇の1250年忌に当たるとかで、Img_0004_16年忌法要が行なわれています。稚児行列を先頭にお坊さん(みんな尼さんでした)の行列がやって来て、古式ゆかしい音楽(雅楽?)に合わせて静々と歩いていました…。
 行列の最後は立派な輿に乗った偉いお坊さん(もちろん尼さんでした)のよう で、大仏殿前の法要の式場に向っていました。

 仕事先の知り合いにメールで写真を送ったら、大仏殿のデコレーションが何か韓国っぽい…と言うコメントが帰って来ました。
 まぁ~確かに言われて見ればそう見えますが、元々は中国から朝鮮半島(当時は新羅とか百済の国とか…)を経由してPhoto_2日本に仏教が入った訳ですから、その根が同じところにあっても不思議ではありません。

 中門で「法要の招待者以外はここからは入れない…」と冷たくされましたが、拝観客用の入り口から境内に入りせっかくのイベントを見学することにしました。
 特設舞台の舞楽を見ながら、大仏開眼の際はもっと賑やかであったろうと思いましたが、それなりの雰囲気は出ており最近読んだ大仏建立に関わる小説(国銅=帚木蓬生著)を思い浮かべました。

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2006年5月13日 (土)

奈良に行ってきました。(その3)

 高野山に向かう時と同じに、国道24号線を走って法隆寺に向かいます。奈良は高校の修学旅行以来ですから、実に三十数年ぶりの見物となりました。
 毎年、連休はどこか一人旅に出かけますが、昨年が青森の弘前の桜見物だったので、今年は南の方面に出かけることにしました。
 最初は土佐の高知に行き、旬の初カツオを食べようかなぁ~と思いましたが、連休の渋滞にかかると1人では大変と思い直し、途中の奈良見物に変更しました。

 法隆寺に向かう途中で昼食を取り、一時半頃に法隆寺に到着しました。
 
Photoお土産屋さんの駐車場(無料でしたが帰りにお店に寄ってよと案内のおばさんが…)に車を停め、拝観料を払って境内に入ります。
 連休の最初の日曜日であり、結構、観光客の姿 が多く、韓国や中国からの観光客もかなり多かったように思えました。

 拝観順路に従い五重塔~金堂~講堂とめぐり、釈迦三尊像にお参りします。(有名な仏像だけあって、教科書か何かで確かに見た覚えがありました…。)
 最初の西院伽藍の見学を終了し、次は大宝蔵院に入り有名な百済観音像を見学しました…。(この時、白鳳時代の古い観音像だけにずい分と古びた仏像だなぁ~と、思わず心の中で考えてしまいました…。)
 しかし、こんな不敬なことを考えたせいかどうか分かりませんが、この後、仏様の罰が当たってしまったのです。

 大宝蔵院を出て次はどこに行くのかな…と、パンフレットを見ていて階段に気づかず足を踏み外してしまったのです。
 足がもつれて倒れる途中…、あぁ~こんな場所で怪我をしたら、職場のみんなに何て言おう…、どうやって帰ろう…と思わず考えてしまいました…。
 目前に迫る石畳を見ながらとっさに顔をひねり、何とか顔面衝突は避けましたが右側頭部を打ってしまったのです。

 周りの見学の人たちが驚いて、「だっ!大丈夫ですか?~。」と声を掛けてくれます。幸い髪の毛が多いこともあってか、頭の方は何とか大丈夫そうでした。(後で確めると頭にしっかりとコブが出来て、膝に立派なスリ傷が出来ていました。)
 恥ずかしいこともあって直ぐに立ち上がり、
「すみません…大丈夫です…!」と言って、そそくさとその場を離れました。(T_T)

 これは見学どころではないなぁ~と思いましたが、せっかく来たのだからと Photo_1開催中の秘宝展を見学し、その後で東方伽藍の夢殿に回りました。
 一つ一つのお堂や仏像を丁寧に見て回ると、一日では終わらないなぁ~と思いましたが、一通りの見学コースを終了して駐車場に戻ります。(おばさんのお土産屋で冷たいお茶を購入しました。)

 今日の予定は法隆寺の後にもう一箇所、まだ行ったことのない法起寺に行こうと思っていましたが、転倒して頭を打ってしまったこともあり、奈良市内のホテルへ直行することにしました。(しかし、奈良県は道路幅が大変に狭い地域です。市内に向かう途中で近道をしようと思いましたが、すれ違いが出来ず3回ほどバックをせざるを得ませんでした。)

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2006年5月11日 (木)

奈良に行ってきました。(その2)

 金剛峰寺のお土産として交通安全などのお札を買い、パンフレットに出ていた金剛三昧院の国宝・多宝塔に向かいます。
 多宝塔は金剛峰寺の駐車場から車で5分ほどの場所にありましたが、まぁ~こんな感じかぁ~程度の印象でした。
 
高野山の見学は午前中いっぱいの予定でしたが、あまり期待したほどのこともなく次の目的地の奈良に戻ることにし、途中、奥の院に立ち寄って見ました。

 ろくな下調べをしなかったこともありますが、奥の院に入ってみるとこれが面白いのです。うっそうとした杉並木の参道の両脇に武田信玄をはじめ豊臣秀吉、石田三成、明智光秀、伊達政宗etc…戦国期から江戸期の武将など歴史上の有名人の供養塔が並んでおり、興味のある人に大変楽しめる場所でした。(以前、話に聞いたことがありましたが、奥の院にあったとは知りませんでした…。)

 帰り道は同じルートを走っても面白くないと言うことで、高野山に来たときにナビで表示されていた、国道381号線を通って午後の見学場所の法隆寺に向かうことにしました。

 ところがこの道はとんでもない国道だったのです。高野山から下り始めたころは良かったのですが、下りるにしたがって段々と道が細くなり、場所によっては車(ランクル)の車幅いっぱいの大変細い国道なのです。
 所々に待避場所がありましたが、山道のこととて見通しが悪く対向車が来ればすれ違いはアウトでした…。

 結局、車のすれ違いが出来ず、狭い道をバックで戻ること4~5回ほど、上り優先とは言え何度か冷や汗を流して下りましたが、そこには「国道381号線の早期拡幅の実現を!」と書かれた看板が立っていました…。
 こんなことなら高野山側の下り口に、もっと良く見える大きな看板を出してもらいたいものと強く感じた国道でした。(道路管理者はちゃんと仕事をして下さいよ…。)

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2006年5月10日 (水)

奈良に行ってきました。(その1)

 5連休を利用して奈良方面に遊びに行って来ました。自宅を4月29日午後10時半に出発し、上信越道~長野道~中央高速~名神~東名阪と走り、東名阪の御在所SAに午前3時頃に到着し仮眠を取ることにしました。
 しかし、
あいにく寝袋を積み忘れてしまい、いつも車に積んであるブルーシートに包まって寝ることにしましたが、明け方に寒くなって目が覚めました。

 午前5時でしたがSAの軽食コーナーが開いているようなので、ここで軽く朝食を取ってから再び出発することにします。この後は東名阪~名阪国道~西名阪道と走り、西名阪道の法隆寺ICから一般道に降りて、国道24号線を南下して一路高野山・金剛峰寺に向かいます。

 車のナビは国道371号線を走るよう表示されていましたが、分岐点で道路が狭いと表示されていたため、遠回りとなりますが国号370号線で高野山に向かいます。(この後で分かりましたが、国道371号線はとんでもなく狭い国道でした…。)

Img_0001Img_0005_1 午前9時頃、今回の旅のスタート場所となる高野山・金剛峰寺前の駐車場に到着しました。
 金剛峰寺は思っていた程の大きなお寺さんではありませんが、拝観料を払って見学することにしました。
 境内は白い砂が敷かれ、庭石が置かれた見事な中庭が作られていて、ちょうど咲き始めた山桜がきれいでした。(ちなみに我が家は真言宗豊山派の檀家です。)

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